遺伝 - 一般的なおはなし

遺伝の多様性

遺伝とは,子供が両親から容姿や性格上の特徴(形質と総称します)を引き継ぐしくみのことです.地球上の生物は細胞からなっていますが,各細胞はそれぞ れ核と染色体を持っています.遺伝の設計図はこの染色体に画かれています.犬は78個(39対)の染色体を持っています.卵子と精子はそれぞれ半分(39 個)の染色体しか持っていないので,それらが合体したときに再び78個の染色体となり,新しく生を受けた子犬が誕生します.生殖細胞が39個の染色体しか 持たないのは,独特の細胞分裂を行うからです(減数分裂といいます).まず,各染色体の対が分裂し,2つのグループに分かれます(どのグループに行くかは 各対ごとにランダムです).その後に細胞が分裂し,それぞれの細胞の染色体はその複製を作ります.このプロセスをもう一度繰り返せば,39個の染色体を持 つ4つの細胞が生まれます.

このプロセスは言ってみれば遺伝子をシャッフルしているわけで,生命の多様性を生み出す大切な仕組みです.これを人間が完全にコントロールすることは不 可能ですが,選択的なブリーディングによって望ましい形質を固定していくことは,ある程度可能です.逆に,隠れていた劣性形質の欠点が何世代も隔てて突如 現れたりもするのも,こういった仕組みが遺伝に備わっているからです.

遺伝子の住所

各染色体は,何千何百もの遺伝子からなっています.ある形質を決定するのは,その形質に対応する特定の場所にある遺伝子です.この特定の場所のことを遺 伝子座(locus)と呼びます.各遺伝子座には1対の遺伝子が存在し,対応する形質の性質を決定します.ひとつの遺伝子座に位置することができる遺伝子 は1対のこともあるし,それ以上のこともあります.最近,新聞や週刊誌などでもちょくちょく見かける「ゲノム」研究というのは,染色体上の遺伝子座とそこ にある遺伝子の役割をそっくり解読してしまおうという,気の遠くなるようなプロジェクトです.

この記事の後の方で,コートの色に対する遺伝子座の働きの例を紹介していきます.

優性と劣性

ある形質に対して対をなす遺伝子は対立遺伝子と呼ばれます.一方を父方から,もう一方を母方から受け継ぎます.二つの遺伝子が同じ性質を持っている場合 はホモ接合体,違う場合はヘテロ接合体と呼ばれます(例えばコート色を決める遺伝子座にブラックとレバーの遺伝子があれば,その遺伝子対はヘテロ接合体で す).

違う形質の遺伝子が対になった場合(ヘテロ接合体),実際にその性質が現われる方を優性,隠れてしまう方を劣性と呼びます.すなわち,優性の遺伝子は劣 性遺伝子のもつ性質を隠してしまうように見えます.例えばある犬がブラックとレバー(レッド)の遺伝子を対立遺伝子として持っており,ブラックがレバーに 対して優性であったとすると,その犬はブラックとなります.

感覚的には優性遺伝子は2つのうちの強い方と言えます.ただし,優性/劣性はあくまで出現の優先順位を示すもので,その形質自体の優劣を示すものではあ りません(すなわち,「ブラックの方が優れた色である」とは遺伝的には言えない).いろんな形質において何が優性で何が劣性になるかは大抵の犬種で共通で すが,中には犬種特有のファクターもあります.例えば狼爪はいくつかの犬種では優性ですが,ボーダーコリーでは劣性です.

優性の形質は自然な交配が行われている集団の中でもっともよく見られるものです.先にも延べたように遺伝における優性/劣性は,そのまま形質の優劣を示 すものではありませんが,劣性が性質の弱さを表すことはままあります.トライカラーとトライカラーのような,劣性同士の交配は避けた方が無難です.ブルー マール同士を掛けあわせれば死に匹敵するような結果を招きます.盲目,つんぼ,アルビナ(白子)や,それらの組み合わせた障害が高い確率で現れます.こう いうことがあるからこそ,少なくとも交配に携わろうとする人は遺伝をきちんと理解する必要があると言えます.

遺伝の世界ではアルファベット文字が記号として使われます.普通,大文字で優性を,小文字で劣性を表現します.例えばブラックは”B”,レバーは”b”で表現されます.

遺伝子型と表現型

遺伝子の働きによってどの形質が現れているか(目に見えるか)に注目したものを表現型(優性遺伝子の形質であることが多い)と呼び,遺伝子の構成そのも のを遺伝子型と言います.表現型は見ればわかりますが,遺伝子型を推定するためには血縁系統や子孫を調べていくしかありません.交配の世界では,ある特性 の遺伝子の有無を確定するために,テストブリーディングが行われることがあります(例えば,ある欠陥のキャリアとして疑いのある犬を,実際に欠陥が出現し ている犬と掛け合わせて結果を調べる).

基本的なルール

それでは,優性遺伝子と劣性遺伝子を大文字と小文字で表したときに,形質がどのように継承されるかを表形式で見てみましょう.コート色を決定するB(ブラック)とb(レバー)を例にします.この場合,遺伝子型と表現型は以下のようになります.

遺伝子型 表現型
BB ブラック
Bb ブラック
bb レバー

・父方がBb(ブラック,ヘテロ)で母方がBB(ブラック,ホモ)の場合
→全部ブラックになります(半分はレバーのキャリア).

B b
B BB Bb
B BB Bb

・父方がbb(レバー,ホモ)で母方がBb(ブラック,ヘテロ)の場合
→ブラックとレバーが50%ずつ出現します.

b b
B Bb Bb
b bb bb

・父方も母方もBb(ブラック,ヘテロ)の場合
→3/4はブラックになります.そのうち2/4はその子孫にブラックとレバーの両方が出現する可能性がありますが,1/4は子孫もブラックだけになります.残りの1/4がレバーです.

B b
B BB Bb
b Bb bb

両親ともBb(上記のうち最後のケース)なら,父方のBは母親のBとbのどちらとも結合する可能性があります(父方のbも同じです).理論的には,4頭 の子犬が生まれたとするとそのうちの3頭はブラックであり,残りの1頭がレバーになります.3頭のブラックの子犬のうち,2頭はレバーの潜在因子を有して おり1頭だけがブラック因子だけを持っている(すなわちその子犬は全部ブラックになる)ことになります.

ここで紹介した方法はもっとも単純なものですが,他の性質に対しても基本的には同様に考えることができます.

予測の難しさ

これまでのページで紹介しましたように,形質は一対の遺伝子ペアの関係で決まります.これだと予測も簡単で良いのですが,実際には,複数の遺伝子ペアが 関係する形質もあります(こちらの方が普通).このような形質を多遺伝子性(Polygenic)である,といいます.何千何万もの遺伝子の組み合わせが 可能な場合もあるので,一般に多遺伝子性の形質を正確に予測することは非常に困難になります. 例えば,ある形質が4対の対立遺伝子で決定されており,全部優性のホモ接合体をAABBCCDDで,全部劣性のそれをaabbccddで表現するとしま す.これらを両親と仮定するとその直系の子孫はすべてAaBbCcDdとなりますが,さらにその子孫同士を掛け合わせると,

AABBCCDD
AaBBCCDd
AaBbCcDd
AabbCcDd
AabbCcdd
aabbccdd

など16通りの組み合わせが発生します.仮にこれが股関節形成不全の因子だったとすれば(実際に股関節形成不全の因子は多遺伝子性で劣性だといわれていま す),完全に正常な母親(AABBCCDD)と非常に症状の重い父親(aabbccdd)から生まれる子犬はどれも見かけは正常ということになります.と ころがその次の世代になると,いろんなレベルの異常が現れてくることになります.検査では遺伝子の形までは見えませんから,交配のためには数世代を遡った 調査が必要ということになります(それでも完全には不可能です).犬の多くの形質は多遺伝子性です.交配という技術がいかに難しいかが容易に想像できると 思います.また,優性形質が1か0かではなく,いくつかの中間的なレベルで現れることが多いのですが(これを不完全優性と呼びます),これも形質の予想の 難しさに拍車をかけています.

遺伝子座の働き -コート色を例に-

それでは,遺伝子座とそこに存在する遺伝子の働きを少し詳しく見ていくことにしましょう.犬の場合,遺伝の影響でもっとも目立つのはコートの色ですので,ここで例として取り上げて紹介したいと思います.

コートの色に影響する遺伝子座は9種類存在すると言われています.それぞれA,B,C,D,E,G,M,S,Tで表現されます.犬種によっては関係のな い遺伝子座もあるのですが,ボーダーコリーの場合は,ほとんどが関係してきます.各遺伝子座の働きとそこに位置する遺伝子に関して,表にまとめてみまし た.

遺伝子座 働き 遺伝子シンボル 説明
A トライカラーかどうかを決定する.Gシェパード,コーギー,コリー,シェルティなどでもっとも多く見られる色シリーズ.ただし,これらの犬種は遺伝子座Bのシリーズも有している(Aシリーズに対して劣性). ブラック
A
優性色である.
ブラック&タン
atat
いわゆるトライカラーを出す.ブラック(A)に対して劣性.ブラック地に顔,足,尾や腹部の下側にタンが見られる.ブラックの領域でも毛の根元がタンの場合がある.
セーブル
aYat
ブラックやタンに対して劣性.
レッド
aYaY
劣性.コート色はクリア・イエローかレッド・タンになる.レッド・コーギーやフィンランド・スピッツに見られるように,鼻はブラックになる.
B 色素がブラック(B)であるかレバー(b)であるかを決定する.BCの他,ラブやスプリンガー・スパニエル,オゥシーにもっとも多く見られる色シリーズである. ブラック
B
これらの犬種の中で優性色になる.ホモ接合体のブラックはBBでありヘテロ接合体のブラックはBbになる.Bbでは,表現型はブラックだがレバーやチョコレート遺伝子のキャリアということになる.
レバー (or チョコレート)
b
ブラウンのあらゆるバリエーションがこれに相当し,非常に明るいものから暗いものまである.ブラックに対して常に劣性.
C 「色あせ」をコントロールする. フル色素
C
色素の深みを最もよく出す.レバー色のうち,濃いレッド-タンのマーキングや,濃いチョコレート・レバーを持つ個体の特徴である.
アルビノ(or無色素)
ca
いわゆる「白子」のことで,犬には非常に珍しいケースである(色素が無いのであってホワイトとは異なる).
チンチラ(or退色遺伝子)
cch
色素の数を減らし,かつ粒子を小さくするので脱色作用を持つ(色が消えていく).レバー(bb)の犬がこの遺伝子座にcchcchを持つと,レバー色の毛先を持つライラック色のコートになる.
極端な希釈(Extreme Dilution)遺伝子
ce
ウエストハイランド・テリアやホワイト・ジャーマン・シェパードに見られるように,ホワイトかペイル・イエローの混ざったホワイトにまで脱色する.
D 色素の強度を決定する. 色素強化遺伝子
D
色素を強め,濃くリッチな色にする.
希釈(Dilution)遺伝子
d
もしブラック因子Bとこの遺伝子をddの形で併せ持つと,銃身のような金属的なグレーやスレート色になる.bb(レバー)の場合は,ライラックか薄いレバーになる.aYaYのレッドならレモンか小麦色になる.
E コート内の色素を伸ばす. 黒の最大伸張(Full Extension of Black)
E
黒の色素が支配的になる.
顔と背の黒
Em
まだら or トラ柄
ebr
ブラックが部分的に伸張したもの.劣性である.
伸張無し
e
レッドや小麦色は劣性.
G 加齢とともに色がグレーっぽくなる性質をコントロールする.
M マール(Merle)遺伝子が位置する遺伝子座である. マール
M
ブラックに作用すると,ブルーマール(Blue Merle:ブルーグレーとブラックの脱色したパタンが混在する柄)が出現する.マール遺伝子は不完全優性であるため,脱色した部分とそうでない部分が混 在する.レバーの遺伝子がある場合は,レバーとライラックの,セーブルを出す遺伝子の場合は,セーブルと小麦色のまだら模様になる.MMは致死遺伝子とな り,眼や耳の障害が生じる可能性が高い.
マールなし
m
「マールなし」遺伝子は劣性.
S ベースとなる色の上に現れるホワイト領域の大きさを左右する. 無地 or 単色
S
ホワイトは現れない.
アイリッシュ・スポット
si
足先,胸,マズル,腹,尾の先にホワイトが現れる.
ぶちスポット
sp
顔面,足,カラー,尾の先など,siより広い範囲にホワイトが拡散する.コリーパターンとも呼ばれる.BCで良く見られるブラック&ホワイトはこれ.
極端な白ぶちスポット
sw
ホワイトが身体の大部分を占め,暗色系色は頭か背中に限定される.
T Tickingをコントロールする. Ticking
T
白の領域に色素のある斑点が出る.生まれた時には見られないが,少し(数週間)経つと現れてくる(ダルメシアンの斑点が後になって現れるのと似ている).
Tickingなし
t
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